心と気づき

許可を与える

やらなくっちゃいけない仕事か何かで

集中してやろうと思えば思うほど

他の用事が気になったりやりたくなったり・・

そんなことってないでしょうか。



何か一つに集中できない。

そんな時って心の「裏っかわ」(無意識)では、必ずいろんな思惑がうごめいています。



例えば・・

今からPCで文章を打たなきゃいけないのに

無性に雑誌が読みたくなる・・・!

こんな時には、自分が自分に「PCで文章をうたなければならない」と

どこかで必ず、《強制》しています。

そしてその《強制》のもっと奥深い心を見ていくと・・

「遊んでばかりいちゃダメ!」とか

「予定通りにやらなきゃダメ!」とか、

自分自身に『禁止令』を出しています。



こうして『禁止令』を出された自分の「本心君」は

「わかったよ~、言うとおりにするよ」といい顔しながら

「どこでさぼってやろうか、どこでにげてやろうか」と

虎視眈々とその機会をうかがうのです。



これが私たちには、「やらなきゃいけないのに他の事が気になる」

という気持ちになって感じられるのです。



こんな時は・・

すなおに「そっか~、今は私はやりたくないんだ」と必ず声に出して

言ってみましょう。

そして、20分くらい他のやりたい事をやってしまうんです。



すると、《禁止令》を出されていた「本心君」は納得します。

いえ、「そっか、やりたくないんだ」と口に出すだけでも納得して楽になります。

要するに、自分に許可を与えるんです。

《禁止令》を出された「本心君」を、囚われ所から出してあげるのです。

自分の気持ちに気づいていく一つに

こんな心の見方があります。

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ささくれ立ち解消法

気持ちにささくれ立ちがある。

何か不安だったり、いやーって思っていたり、怒っていたり・・。

私たちは、「いやな気持ちを感じている自分」を「感じたくない」ものです。

だから、目をそむける。



本当の、幸せでない自分を、目の当たりにしないで済むから目をそむける。

「幸せでない自分」の状態に、一件落着できたかと錯覚に陥る。



でも、本当は何の解決にもなっていない。

気持ちはささくれ立ったまま・・。



では、どうしたら解消するんでしょう?

どうしたら、ささくれ立ちが治るのでしょう?



それは・・

自分自身で、その患部をしっかりと見てみないことには始まりません。

その患部は切り傷なのか。。

打ち身なのか。。

または、汚れているだけなのか。



患部の状態がわかれば、対処法は分かります。

手当ての手順も分かります。

こころのささくれ立ちは、手当て出来るのです。



こうして手当てされたささくれは、治癒していきます。

悪い状態のままが、ずーっと続くことってないのです。

いい状態も悪い状態も・・

生まれては消えていく、そんなシステムの上に、私たちって生きているんですから。。

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鳩にエサ・・で、想像する

「まったくぅ、鳩にエサやってんだよね。困るよね~。」

早朝の散歩を終え、帰宅した夫が不平をもらした。

鳩とか猫とか、かわいさあまって構わずエサを与える人も多い昨今・・。

近所に住んでる人間としては、鳩や猫の猛威にはかなり困惑する。

「どんな人があげてたの?」

「うん、大学生くらいの、ちょっと暗そうな男の人なんだけど、

もくもくとエサあげてんだよねー・・」

その話を聞いて、私は二つの事が思い浮かんだ。

一つは、

「あっ、あの人エサあげてる!やめてくれないかなー、近所の人が困るんだから・・」とイライラしてしまうことがよくないなぁ。。ってこと。

鳩のエサやりの現場を目撃したら、「ちょっとぉ。。」っていう気持ちになるのは分かるのだが、イライラを自分の中で作り出してしまうのって絶対によくない。

そういうイライラした気持ちって、仏教では「不善心」という。

その気持ちが原因になって、知らないところで悪い結果が生まれてしまうシステムがこの世にはある。

そして、もう一つ。。

「エサをやっていた大学生らしき男の人」は、もしかすると、その行為によって癒されていたのかもしれない・・ということ。

そんな早朝(めちゃめちゃ早朝です^^;)に、鳩にもくもくとエサをやる若い男。。

血気盛んな若い男がそんな時間に・・っていうのがどうも引っかかる。

考えてみると、その人は、もしかしたら「引きこもって」いて、外に出られるのは人目があまりない早朝の時間帯かもしれない・・。

もしかしたら「エサをやる」という行為が彼を支えている一つなのかもしれない・・。

そう考えると、「ああ、その人も大変な気持ちを抱えてるのかもしれないなぁ」と

静かな気持ちが沸いてきたりする。

自分の気持ちに、「イライラ」を作ってしまうより「大変なのかも・・」と静かな気持ちを作るほうがいい。

そんな事を夫に話した。

「へぇ、そんな考え方もあるんだね」

イライラの気持ちがどこかに飛んでいったみたいな様子で話す。

次の日も、早朝の散歩に出かけて行ったが、それからはその大学生を見なくなったといっていた。

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必然・・必然って・・?

「起こることは必然だーーってよく言いますが、

何が必然なんだか分からない・・」

「必然だなんて、感じられない・・」

こんなお声をよく伺いますcoldsweats01



物事やある出来事、人と出会うのでさえ

「原因と結果の法則」によってコントロールされています。

・・というのは、私自身、いろいろな体験や実験から

「結果が起こるのには、必ず原因がある」と思ったからなのです。



今もし、あなたに苦しい気持ちが沸き起こっているのなら、

その「原因」が必ずあるはずです。



その原因というのは、ある特定の出来事や物・人を指しているのではありません。

それは何を隠そう、あなたから発せられた「不善心」。

不善心とは、不安・不満・怒り・そねみ・ねたみ・嫉妬・・などなど。。



不善心が今の苦しい気持ちを、不遇な状況をつれてきたのです。

それは、今世の不善心かも知れません。

また前世のものなのかも知れません。



いずれにしても、自分から発せられる気持ちは、時間をかけてでも自分に返ってきます。

不善心という心のエネルギーは、それと見合う事象を現実に再生していきます。

原因があっての結果なのです。



原因を作り上げていないかどうか、自分自身を振り返るのも

自分を楽にしていく一つです。。

「私はそんな不善心は発していない!」と思いますか?

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怒り

怒りってね・・

その対象をイヤがる気持ちのこと。

その対象を攻撃する気持ちのこと。

その対象を破壊してしまおうとする気持ちのこと・・。



この爆弾のような気持ちが炸裂した時、

今までせっかく築いてきたものが、すべて破壊される。

自らが放った怒りの波動は

その対象を破壊するだけではなく、自分自身をも破壊してしまう。



だから怒りは早々に終止符を打つ方がいいのです。

怒りを感じている自分を感じ、

受け入れる事が出来たなら、

悩み事のほとんどが、消えてなくなっている事に

気がつくでしょう。

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